はじめに
突然ですが皆さんに質問です。
レベルを問わず、運動をしていく上で「身体の柔らかさ」は重要だと思いますか?
おそらく多くの人が「重要だ」と答えるのではないかなと思います。
もちろん、体が柔らかいことは重要な要素の一つですが、身体が柔らかければそれで良いのか?
これには我々は”No”と答えます。
その理由と他の大事な要素について、今回は説明していきたいと思います。
柔軟性とは?
単に、「柔軟性」と言っても、そこにはいくつかの要素があります。
「筋がどれだけ伸び縮みするか」「筋や骨以外の軟部組織(皮膚や脂肪体など)がどれだけ動くか」「骨的な制限がないかどうか」など、いくつもの要素があります。
これを読んでいるみなさんがこれらの違いを把握する必要はありませんが、「柔軟性」とは、単なる筋肉の柔らかさだけでなく、幾つもの要素が絡んでいるものであることをまずは知っておきましょう。
ストレッチは体を柔らかくする?
「体を柔らかくする方法」と聞いてイメージされる方法に、ストレッチが挙げられます。
実際にストレッチで柔軟性は向上するのか?
まずはこの点について詳しく調べていきたいと思います。
ストレッチは関節の可動域を改善させる
「関節の可動域=関節がどれだけ大きく動くか」であり、いわゆる「柔軟性」と言われるものの一つです。
どこの部位のストレッチを行うのか、何のメニューをするのか、何秒間行うのか
さまざまな観点からの研究が行われていますが、全体的な研究結果から、
「ストレッチ=関節の可動域を増加させる効果がある」ということが示唆されています。1)2)
すべての形態のトレーニングがROMの改善を誘発したが、その持続時間は通常30分未満であった。この変化は、筋および腱の硬さの急性的な低下、または伸張耐性の改善を引き起こす神経適応から生じる可能性がある。 1)
静的ストレッチングを用いたストレッチングを週5日以上、週5分以上実施することは、ROMの改善を促進するために有益であると考えられる。 2)
※ROM(Range of Motion)…「関節の可動域」
「より大きく関節を動かすことができる」ということがストレッチの効果として挙げられます。
ストレッチの種類・方法
上記の文献に「すべての形態のトレーニング」「静的ストレッチング」とあるように、ストレッチには様々な種類があります。
大きく分けて「静的ストレッチ」と「動的ストレッチ」に分けられます。
さらに細かくも分けられますが、まずはこの違いについ知り、使い分けられるようにしましょう。
静的ストレッチ(Static Stretch)
一定時間姿勢をキープして、筋を伸ばし続けるストレッチです。
主に筋の緊張を抑える効果があり、関節可動域改善に効果があるとされています。
注意すべきは、静的ストレッチの実施後、筋発揮は低下する(力が出にくくなる)とされている点です。10)
運動前の実施には注意が必要で、基本的には運動後に実施するのがオススメです。
多くの人が10秒くらいを目安にされていると思いますが、このようなストレッチは、30秒筋を伸ばすことで効果が出ます。11)
30秒を目安に、深く呼吸をしながらゆっくりと伸ばしましょう
動的ストレッチ(Dynamic Stretch:DS)
動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)は、相反抑制 9) という生理反応を用いたストレッチ方法です。
静的ストレッチが受動的に伸ばされ、リラックスして行うのに対して、動的ストレッチは自発的に動作をこなしながら、複合的な動作の中でストレッチをかけます。
ダイナミックストレッチの効果は未だ議論されている部分もありますが、一般的に、体温の上昇、筋発揮の向上、パフォーマンスの向上などの効果があるとされています。10) 12)
静的ストレッチと比較して、運動前の実施が勧められます。
例)同じような動きでも人に伸ばされるか、自分で動かすかで求められる要素や効果は大きく変わります。
写真上:ダイナミックストレッチ
写真下:スタティックストレッチ
「体が柔らかい=怪我をしない」ではない
なぜ柔軟性が大事か?といわれると、「怪我をしないため」と多くの方が答えると思います。
では本当に柔軟性があれば怪我をしないのか?
体が柔らければそれで良いか?
「怪我をしにくい=体が柔らかい」というイメージがあるかもしれませんが、実はそうとも言えません。
筋力トレーニングも重要
柔軟性以外に大事なものは何か?
数多くの報告で、筋力低下が怪我のリスク増の因子とされています。
怪我のリスクを軽減するために、筋力トレーニングも重要になります。3)4)5)6)
シーズン前の肩の可動域と筋力の不足は、高校生やプロの選手の間で一般的な腕や肩の損傷の重大な危険因子でした。3)
シーズン前の棘上筋の筋力低下は大きな怪我のリスク増加と関連しており、予防的に棘上筋を強化することが有益である可能性があります。5)
伝統的なレジスタンストレーニング、エキセントリックトレーニング、フライホイールトレーニングとして提案されている筋力トレーニングが、サッカー選手の怪我のリスクを軽減する有効な方法である可能性があることが示唆されています。6)
この動画のようなノルディックハムストリングスエクササイズは、ハムストリングスの肉ばなれ予防エクササイズとして効果的であると知られています。6)
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肩や肘の怪我予防について、ストレッチとトレーニングのどちらが適切なのか調べた文献がこちらです。
筋力トレーニンググループはストレッチグループに比べて傷害率が低く、傷害のリスクも低かった。したがって、外旋筋力トレーニングは、野球による腕の怪我を予防するためのストレッチに劣らない。7)
この文献では、「外旋筋力トレーニングはストレッチングに劣らず、傷害率・怪我のリスクの低下・予防に貢献する。」
と結論づけています。
これらのように、筋力低下は怪我のリスクの要因の一つとしてあげられており、筋力トレーニングをすることも予防的観点からも重要であることがわかります。
でもストレッチ(柔軟性)ももちろん大事
高校およびプロの選手において、プレシーズンの肩関節可動域および筋力の低下は、腕や肩の一般的な傷害の有意な危険因子であった。3)
プレシーズンにおける低い伏臥位外旋比率と利き肩の90°外転内旋の低下は、高校野球投手における肩および肘の傷害の有意な危険因子であった。4)
特に、右図のような肩の内旋(内に捻る)動作の可動域低下は怪我の発生と関連があると多くの文献で示唆されています。
これらの文献からも、野球において肩の可動域の低下と怪我発生の関連はあると示唆されてます。
筋力も重要ですが、可動域も重要です。
しかしあくまで、『可動域の低下=傷害リスクが高い』であり、
『可動域の増加=傷害予防』ではありません。
可動域が低下しないようなケアは必要ですが、過度に可動域を大きくするようなアプローチは重要ではないのではないかと考えられます。
最後に
要約
①怪我予防という観点から、柔軟性と筋力はどちらも重要で、どちらかのみに偏ることは怪我のリスクとなる。
②柔軟性を向上させるための静的ストレッチは30秒姿勢をキープする。運動前には動的ストレッチがオススメ。
③筋力トレーニングによって関節の安定性や剛性を高めることも柔軟性と同様に重要である。
取り組みやすさ、という観点ではストレッチも十分有効な手段ですが、それだけではなくトレーニングにも取り組むようにすることで、より効果的に、安全にスポーツに取り組むことができます。
是非怪我予防としてのトレーニングにも目を向けてみてはいかがでしょうか?
参考文献
1) Behm DG, Blazevich AJ, Kay AD, McHugh M. Acute effects of muscle stretching on physical performance, range of motion, and injury incidence in healthy active individuals: a systematic review. Appl Physiol Nutr Metab. 2016 Jan;41(1):1-11. doi: 10.1139/apnm-2015-0235. Epub 2015 Dec 8. PMID: 26642915.
2) Thomas E, Bianco A, Paoli A, Palma A. The Relation Between Stretching Typology and Stretching Duration: The Effects on Range of Motion. Int J Sports Med. 2018 Apr;39(4):243-254. doi: 10.1055/s-0044-101146. Epub 2018 Mar 5. PMID: 29506306.
3) Agresta CE, Krieg K, Freehill MT. Risk Factors for Baseball-Related Arm Injuries: A Systematic Review. Orthop J Sports Med. 2019 Feb 25;7(2):2325967119825557. doi: 10.1177/2325967119825557. PMID: 30828579; PMCID: PMC6390229.
4) Shitara H, Kobayashi T, Yamamoto A, Shimoyama D, Ichinose T, Tajika T, Osawa T, Iizuka H, Takagishi K. Prospective multifactorial analysis of preseason risk factors for shoulder and elbow injuries in high school baseball pitchers. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2017 Oct;25(10):3303-3310. doi: 10.1007/s00167-015-3731-4. Epub 2015 Aug 4. PMID: 26239860.
5) Tyler TF, Mullaney MJ, Mirabella MR, Nicholas SJ, McHugh MP. Risk Factors for Shoulder and Elbow Injuries in High School Baseball Pitchers: The Role of Preseason Strength and Range of Motion. Am J Sports Med. 2014 Aug;42(8):1993-9. doi: 10.1177/0363546514535070. Epub 2014 Jun 3. PMID: 24893778.
6) Beato M, Maroto-Izquierdo S, Turner AN, Bishop C. Implementing Strength Training Strategies for Injury Prevention in Soccer: Scientific Rationale and Methodological Recommendations. Int J Sports Physiol Perform. 2021 Mar 1;16(3):456-461. doi: 10.1123/ijspp.2020-0862. Epub 2021 Jan 27. PMID: 33503589.
7) Shitara H, Tajika T, Kuboi T, Ichinose T, Sasaki T, Hamano N, Kamiyama M, Yamamoto A, Kobayashi T, Takagishi K, Chikuda H. Shoulder stretching versus shoulder muscle strength training for the prevention of baseball-related arm injuries: a randomized, active-controlled, open-label, non-inferiority study. Sci Rep. 2022 Dec 21;12(1):22118. doi: 10.1038/s41598-022-26682-1. PMID: 36543874; PMCID: PMC9772170.
8) Matsumura A, Tateuchi H, Nakamura M, Ichihashi N. Effect of 8-week Shoulder External Rotation Exercise with Low Intensity and Slow Movement on Infraspinatus. Phys Ther Res. 2023;26(2):58-64. doi: 10.1298/ptr.E10227. Epub 2023 Apr 22. PMID: 37621568; PMCID: PMC10445119.
9) The Integrative Action of the Nervous System ByCharles Scott Sherrington, Book:Scientific and Medical Knowledge Production, 1796-1918
10) Opplert J, Babault N. Acute Effects of Dynamic Stretching on Muscle Flexibility and Performance: An Analysis of the Current Literature. Sports Med. 2018 Feb;48(2):299-325. doi: 10.1007/s40279-017-0797-9. PMID: 29063454.
11) Bandy WD, Irion JM, Briggler M. The effect of time and frequency of static stretching on flexibility of the hamstring muscles. Phys Ther. 1997 Oct;77(10):1090-6. doi: 10.1093/ptj/77.10.1090. PMID: 9327823.
12) Behm DG, Chaouachi A. A review of the acute effects of static and dynamic stretching on performance. Eur J Appl Physiol. 2011 Nov;111(11):2633-51. doi: 10.1007/s00421-011-1879-2. Epub 2011 Mar 4. PMID: 21373870.
13) Iwata M, Yamamoto A, Matsuo S, Hatano G, Miyazaki M, Fukaya T, Fujiwara M, Asai Y, Suzuki S. Dynamic Stretching Has Sustained Effects on Range of Motion and Passive Stiffness of the Hamstring Muscles. J Sports Sci Med. 2019 Feb 11;18(1):13-20. PMID: 30787647; PMCID: PMC6370952.
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